一人会社の社会保険|役員報酬の決め方と「保険料安すぎ」のリスクを滋賀の税理士が解説

個人事業から一人会社へ法人化するとき、多くの方が「社会保険料が高くなりそう」「役員報酬をいくらに設定すべきか」で迷います。一人会社(社員ゼロ・社長1人)でも、法人である以上は健康保険と厚生年金への加入が原則として強制されます。役員報酬の決め方一つで月数万円の保険料負担が動くため、設立前に手取りベースでシミュレーションしておくことが大切です。
弊社では、個人事業から法人成りされるお客様について、初年度から数年先までの予測利益をもとに、実際にお客様が手元で受け取れる役員報酬の水準を一緒に確認しています。その上で、社会保険料・所得税・住民税・法人税までを勘案して、ご本人が「これなら納得して支払える」と感じられる役員報酬の設定を提案するようにしています。数字だけで決めずに、生活費・将来年金・銀行融資の与信など、個別事情を踏まえてバランスを取ることが大切です。
1. 一人会社でも社会保険は原則として強制加入
法人を設立すると、社長1人だけの会社であっても、健康保険と厚生年金保険の適用事業所に該当します(健康保険法3条、厚生年金保険法6条)。雇用契約の有無にかかわらず、法人から労務の対償として定期的に役員報酬を受ける役員は被保険者になります。なお、出勤実態のない非常勤役員は、勤務の実態に応じて被保険者とならない場合があります(日本年金機構・適用事業所と被保険者)。
例外的に、役員報酬がゼロ円、または健康保険料・厚生年金保険料を控除しきれないほど低額(おおむね月1万1,000円~1万2,000円未満)の場合は、保険料の天引きができないため、実務上は社会保険への加入手続きを取りません(日本年金機構・厚生年金保険に加入するときの手続きで被保険者資格の判断基準を確認できます)。このケースでは国民健康保険と国民年金に加入し続けます。設立後すぐに売上が立たない期間に役員報酬をゼロに設定して、国保+国民年金で繋ぐ運用は、副業から始める法人や創業初期の一人会社で実例があります。
ただし、報酬ゼロ運用には注意点が3つあります。第一に、業務委託契約や顧問契約で本人が事実上の労務提供をしているのに報酬を払っていないと、税務調査で否認されるリスクがあります。第二に、健康保険・厚生年金から受けられる傷病手当金・出産手当金・障害厚生年金などの所得補償給付は受けられません。第三に、国民年金のみの加入期間が長くなると、将来の老齢年金が老齢基礎年金のみとなり、老齢厚生年金が積み上がりません。
2. 個人事業時代の国保+国民年金との比較
法人化で社会保険料がどう変わるかは、現在の所得水準と家族構成で大きく違います。滋賀県内に住む独身・40歳未満・年間所得500万円程度のケースを例に、おおまかな年間保険料を比較します(あくまで概算で、実際は自治体の国保料率・所得控除等で変動)。
例:所得500万円・独身・40歳未満の一人会社(滋賀県の場合)
| 項目 | 個人事業(国保+国民年金) | 法人(協会けんぽ+厚生年金、役員報酬月40万円) |
|---|---|---|
| 健康保険料(年) | 約45万円(市町村により40〜55万円) | 約23.8万円(自己負担分・支援金含む) |
| 介護保険料 | 該当なし(40歳未満) | 該当なし(40歳未満) |
| 年金保険料(年) | 約21.5万円(国民年金・月17,920円×12、令和8年度) | 約43.9万円(厚生年金・自己負担分) |
| 個人負担合計(年) | 約66万円 | 約67.7万円 |
| 会社負担分 | なし | 約67.7万円(同額) |
個人事業の国保+国民年金は本人が全額負担。法人の協会けんぽ+厚生年金は労使折半(半分は会社負担)ですが、一人会社では会社負担分の原資も結局は社長の収入から拠出するため、実質的な負担総額は個人事業時の約2倍になるのが基本構造です。
ただし、社会保険には次のメリットがあります。
- 傷病手当金(連続4日以上の労務不能で、4日目から最長1年6か月、標準報酬日額の2/3が支給)
- 出産手当金(出産日前42日~出産日後56日、標準報酬日額の2/3)
- 障害厚生年金・遺族厚生年金(国民年金より給付が手厚い)
- 老齢厚生年金(老齢基礎年金と合わせて二階建ての公的年金)
社会保険料の負担増を「将来の年金+所得補償保険料」と捉えるか、「強制加入の出費」と捉えるかで意思決定が変わります。設立時から経理体制・給与計算・社会保険手続きを連動して設計しておくと、後から個別に対応するより運用負荷が大きく下がります。
3. 役員報酬による標準報酬月額の設計
協会けんぽと厚生年金の保険料は、月々の役員報酬を「標準報酬月額」の等級に当てはめて算出します。等級は健康保険が50等級、厚生年金が32等級に区分され、報酬の幅ごとに保険料額が固定されています。
主な役員報酬の水準別に、滋賀支部・40歳未満の個人負担を概算で示します(全国健康保険協会・令和8年度保険料額表(滋賀支部)、子ども・子育て支援金率0.23%を含む)。
| 役員報酬月額 | 健康保険+支援金(個人) | 厚生年金(個人) | 月額個人負担合計 | 年額個人負担 |
|---|---|---|---|---|
| 5.8万円(最低等級) | 約2,900円 | 約8,000円 | 約10,900円 | 約13万円 |
| 10万円 | 約4,950円 | 約8,967円 | 約13,917円 | 約16.7万円 |
| 15万円 | 約7,425円 | 約13,725円 | 約21,150円 | 約25.4万円 |
| 20万円 | 約9,900円 | 約18,300円 | 約28,200円 | 約33.8万円 |
| 30万円 | 約14,850円 | 約27,450円 | 約42,300円 | 約50.8万円 |
| 50万円 | 約24,750円 | 約45,750円 | 約70,500円 | 約84.6万円 |
会社負担も同額です。役員報酬を月10万円にすると個人負担+会社負担で年間約33万円、月30万円なら年間約101万円、月50万円なら年間約169万円が会社全体での社会保険コストになります。
役員報酬を決めるときの判断軸は次の4つです。
- 個人所得税・住民税:所得税は超過累進課税で、報酬月額33万円(年収400万円弱)あたりまでは税率10〜20%。報酬を増やすと累進で税率も上がるため、報酬と法人税の最適バランスがある。
- 法人税:報酬は損金算入されるため、報酬を増やすと法人の課税所得が下がる。中小企業者の軽減税率(年800万円以下15%、超過部分23.2%)の範囲を意識する。
- 社会保険料:報酬を増やすと社会保険料も累積で増える。標準報酬月額の上限(健康保険139万円・厚生年金65万円)を超えると以後の報酬に保険料は乗らない。
- 老齢厚生年金:報酬が高いほど将来の年金額(報酬比例部分)が増える。長期就労を前提とする場合は中長期的なリターンを意識する。
国税庁や日本年金機構の公開資料に加え、税理士による年間試算で「役員報酬X円+法人税X円+社会保険料X円=総コストX円、手取りX円」の比較を作っておくのが実務的です。
4. 「報酬安すぎ」設計のリスクと現実的なライン
役員報酬を月5.8万円や月10万円など極端に低く設計して保険料を抑える戦略は、家計設計上は魅力的ですが、3つのリスクがあります。
第一に、税務上のリスク。役員報酬は事業年度開始から3か月以内に決定し、原則として期中変更ができません(法人税法34条、定期同額給与)。報酬を低く抑えて利益を法人に残し、社長個人が法人から多額の貸付や立替経費を受けると、実質的な役員賞与と認定されるリスクがあります。利益剰余金が積み上がりすぎると、相続発生時の自社株評価が上昇し、後継者の相続税負担が大きくなります。
第二に、所得補償の薄さ。傷病手当金・出産手当金は標準報酬日額の2/3(標準報酬月額÷30×2/3)で計算されるため、報酬月額5.8万円なら傷病手当金は日額約1,300円、月額約4万円です。1人で運営する事業の社長が長期入院した場合、生活費を維持できません。法人契約の所得補償保険や、就業不能保険の上乗せが現実的な対策になります。
第三に、将来年金の薄さ。報酬月額5.8万円で30年加入した場合、厚生年金の標準報酬月額は下限の8万8,000円で計算されるため、老齢厚生年金の報酬比例部分は年間約17万円(月約1.4万円)程度です。国民年金(満額月約6.8万円)と合わせても、月8.2万円程度の年金額になります。一方、報酬月額30万円で30年加入なら、報酬比例部分は年間約59万円、合わせて月約11.7万円。生活設計を支える年金額には大きな差が出ます。
実務的な「現実的なライン」は、業種・売上・家族構成で変わりますが、目安としては次のとおりです。
- 役員報酬月15〜25万円:個人事業時代に近い手取りを維持しつつ、社会保険のメリット(傷病手当金・厚生年金)を確保できる現実的な水準
- 月45,000円程度のマイクロ法人設計:本業の個人事業を別途維持し、法人は最低限の保険料負担で社会保険に加入する節税スキーム。本業との切り分けと労働実態の整理が必要。
なお、社長のほかにご家族や共同経営者を含めて役員が複数いる場合は、それぞれの役員の生活設計・年齢・既存の年金加入歴・配偶者控除や扶養控除の使い方などが個別に絡んできます。弊社では、各役員の状況に応じて社会保険料と税金を複合的にシミュレーションし、会社全体としてバランスの取れた役員報酬設定をお客様と一緒に検討して、納得いただいた上で進めるようにしています。
5. 設立直後の社会保険手続きと役員報酬の決定タイミング
一人会社を設立した直後にやるべき社会保険関連の手続きは次のとおりです。
- 設立から5日以内:年金事務所へ「健康保険・厚生年金保険新規適用届」を提出
- 設立から5日以内:本人について「健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届」を提出
- 設立から3か月以内:株主総会(または社員総会)で役員報酬を決定し、議事録を作成
- 役員報酬支給開始月:給与計算と源泉徴収、社会保険料の控除を開始
役員報酬は、事業年度開始から3か月以内に決定して定期同額給与として支給することが、法人税法上の損金算入の要件です。期中に増額・減額すると、増減した部分は損金不算入となり、法人税の負担が増えます。設立初年度は売上見通しが立てづらいですが、3か月以内に役員報酬を決める必要があるため、月次の売上・粗利の試算を仮置きで作り、年間利益見通しから逆算して報酬額を決めるのが現実的です。
毎年の見直しタイミングは事業年度開始から3か月以内(3月決算なら6月末まで)です。事業年度が始まる前に、当期の売上計画と社会保険料負担を試算し、新年度の報酬額を決めるサイクルを作ると安定運用できます。定期同額給与の判定基準や事前確定届出給与の取扱いは国税庁・No.5211 役員に対する給与で確認できます。
6. まとめ
一人会社の社会保険の整理ポイントは次の5点です。
第一に、一人会社でも法人である以上、健康保険と厚生年金は強制加入が原則。役員報酬ゼロまたは超低額の場合は加入手続きを取らず、国民健康保険+国民年金に留まる運用は可能ですが、所得補償と老齢厚生年金を捨てるトレードオフがあります。第二に、個人事業時代の国保+国民年金と比べて、法人化後の社会保険料の総負担は概ね2倍前後になりますが、傷病手当金や厚生年金の二階建ては個人事業にはないメリット。第三に、報酬月額の等級ごとに保険料額が固定されており、月10万円なら年間約33万円、月30万円なら年間約101万円、月50万円なら年間約169万円が会社全体の社会保険コスト。第四に、報酬を極端に低くする設計は税務リスク・所得補償リスク・将来年金リスクのトレードオフがあるため、業種と家族構成に応じた現実的なラインを引く。第五に、役員報酬は事業年度開始から3か月以内に決定し、期中変更は損金不算入のリスクがあるため、事前の試算が必須です。
法人化のタイミング・役員報酬の設計・社会保険手続きを一貫して相談できる体制を整えるには、設立前から税理士・社労士のサポートを受けるのが近道です。
滋賀県の会社設立は税理士法人GrowUpへ
一人会社・マイクロ法人・副業からの法人化のいずれも、役員報酬の設計から設立後の経理・税務まで伴走します。登記の手続きは提携の司法書士、労務・社会保険の手続きは提携の社会保険労務士をご紹介します。手取りのシミュレーションは、ご相談のなかで一緒に確認していきます。
